もう、すべらせない!!龍田古道の心臓部「亀の瀬」を越えてゆけ ロゴマーク

KAMENOSE SPOT亀の瀬の見どころ

大和(奈良)と河内(大阪)の国境にある「亀の瀬」。
奈良時代にはシルクロードとも結びつき、
大陸からの物品や知識が入ってくる大和の
西の玄関口となっていました。
一方で、生駒山系の南端が大和川に向かって
地すべりを起こす地質的な特徴があるため、
災害の恐れと向き合い続けてきた場所なのです。
そんな、先史時代から現代にいたるまで
交通の要衝でありながら災害と隣り合わせだった、
亀の瀬周辺の見どころをご紹介します。

亀の瀬地すべり歴史資料室

地すべりの脅威や、
闘いの記憶を今に伝える資料室。

亀の瀬で過去に確認された地すべりの記録や資料、地すべりに翻弄された鉄道や国道のインフラの歴史を知ることができる亀の瀬地すべり歴史資料室。
また、1962(昭和37)年から国の直轄で行われてきた地すべり対策事業の内容についても展示しています。資料室の周りは広場になっているので、レジャーシートを敷いてのんびり過ごすこともできます。

施設情報

●開館日:月曜日を除く平日、土・日・祝日(年末は除く)
●開館時間:9:30〜16:30
●展示:開館時間は無料で見学自由

亀の瀬地すべり歴史資料室

亀の瀬地すべり歴史資料室は、1号排水トンネルや
旧大阪鉄道亀瀬隧道などの歴史遺産を巡る
インフラツーリズム(予約制)の拠点になっています。

1号排水トンネル

1号排水トンネル

先の見えない暗闇を進む。
探究心が刺激される地中の異空間。

亀の瀬の地すべりは、地下の断層に多量の地下水が流れ込むことで発生します。そのため、亀の瀬一帯には地中の水を抜く排水トンネルが横方向に7本掘られており、総延長は7.2km。1号排水トンネルは最初に掘られた排水トンネルで、1969(昭和44)年に完成しました。
地下水の多いところには集水井(しゅうすいせい)という縦井戸が地上まで抜けていて、排水トンネルに水を送っています。今現在も地すべり対策の要として稼働する排水トンネル内は、地下水の影響で、夏場でも温度は一定となっており快適です。

旧大阪鉄道亀瀬隧道

昭和初期に起きた大規模な地すべり。
その爪痕を当時のまま残す“幻のトンネル”。

通称「亀の瀬トンネル」と呼ばれる1892(明治25)年に開通した旧鉄道トンネルです。現在のJR関西本線は、1931〜1932(昭和6〜7)年に発生した地すべりにより河内堅上駅から三郷駅間の一部区間を大和川の対岸に付替えましたが、元々は亀の瀬の地すべり地内に鉄道トンネルが掘られていました。
1932(昭和7)年にトンネルが廃線となったことで失われたと思われていましたが、2008(平成20)年の排水トンネルの掘削により当時の姿のまま発見されたのです。現在は柏原市の指定文化財となっています。

旧大阪鉄道亀瀬隧道

亀瀬トンネル内
プロジェクションマッピング
「日本遺産『龍田古道・亀の瀬』光の旅路」

約40mの亀の瀬トンネルに広がる
映像と音のアート。

旧大阪鉄道亀瀬隧道のレンガ面に48台ものプロジェクターを設置し、日本遺産「龍田古道・亀の瀬」のストーリーや、地すべり対策工事を表現した“亀の瀬デジタル資料室”などの映像を投影。
非日常的な空間で自然、災害、人、歴史、信仰の密接な結びつきを迫力ある映像と音で感じてください。トンネルを活用することで、日中や雨天でも楽しむことができるコンテンツになっています。

「日本遺産『龍田古道・亀の瀬』光の旅路」
亀の瀬インフラツーリズム_ロゴ

亀の瀬
インフラツーリズムガイドツアー
(事前予約制)

ツアーガイドによる解説付きで、
亀の瀬の見どころをご案内。
専門的な説明を受けながら巡ることで、
きっと新しい発見があります。

日程 予約サイトにてご確認ください。
行程 亀の瀬地すべり歴史資料室解説
→1号排水トンネル
→旧大阪鉄道亀瀬隧道
→プロジェクションマッピング鑑覧
所要時間 約90分
定員 12人(13名以上の団体による予約の場合、事務局までお問い合わせください)
料金 無料
注意事項 ・事前予約が必要です。(受付は受付は開催日の3日前まで)
・各ツアーの受付は先着順とします。
・ガイドツアーは大人の方を対象としているため、小学校中学年以下の児童や未就学児には
  内容が高度となる可能性があります。

アクセスや駐車場、お問い合わせ先など、
詳しい情報は予約サイトにてご確認ください。

その他の見どころ

  • 亀岩

    亀岩

    亀の瀬の語源にもなった大和川にある奇岩です。亀の頭が見える角度がありますので、訪問の際は是非見えるポイントを探してください。

  • 竜王社

    竜王社

    江戸時代の船着場の上に建てられた社で、剣先舟仲間が寄進した石灯篭が残ります。葛城修験の葛城二十八宿の最終地点「亀の尾宿」が当地となっています。

  • 第四大和川橋梁

    第四大和川橋梁

    1931(昭和6)年に発生した亀の瀬の地すべりによって、鉄道が大和川の左岸へ移された際に架橋された鉄橋です。河川に対して角度をつけて架けられており、当時の逼迫した状況を今に伝え、特殊な構造は鉄道ファンの評判になっています。