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奈良(大和)と大阪(河内)を
日本の交通網の原形として整備された龍田古道。
そこには4万年前より地すべりが繰り返される
天然の関所「亀の瀬」が立ちはだかっていました。
奈良の都の発展―。
それは、「亀の瀬」を押さえずして
望めなかったのです。

龍田古道の発展により、竜の瀬は恐れから望郷の象徴へ。龍田古道の発展により、竜の瀬は恐れから望郷の象徴へ。

奈良盆地の水を集めた大和川は、生駒山地と金剛山地のあいだの細い渓谷を抜け、大阪へと流れ出します。その大和川に沿った山越えの道が龍田古道です。
奈良盆地を背に、右手に龍田山、左手に大和川が迫る亀の瀬周辺の視界は極めて悪く、そそり立つ壁のような地形から感じる圧迫感は、都を離れる人々の不安や寂しさを増幅させました。そして、いつ起こるかわからない地すべり。「万葉集」には国境の峠が「恐(かしこ)の坂」と詠まれるほど、亀の瀬は都を行き来する人々にとって心理的な障壁となる関所として恐れられていたのです。

龍田古道の整備は聖徳太子が斑鳩に宮を置いた推古天皇の時代から進みます。平城京に都が置かれた後は、都と大阪、そして大陸とを結ぶもっともアクセスの良いルートで、輿や馬に乗ったまま越えられる唯一の道として、さらには、物流を支える大和川の水運も活用できる高機能なルートとして重宝されるようになりました。
人の往来が活発になれば、そこには最新の文化が集まります。平城京と難波宮を結ぶ大路として皇室の離宮や河内国分・国分尼寺が建てられ、沿道は寺町、そして行幸路として発展を極めました。

数多くの文化人や貴族が龍田古道を通るようになると、この険しい天然の関所は「恐れ」だけでなく「都を離れるノルタルジー」の象徴にもなっていきます。
都に残した恋人や家族を想ってつい振り返った先に見えるもの、つらい長旅の終わりに都に帰ってきたことを実感させるもの。それが、亀の瀬の背後にそびえる龍田山。
この地を越える万葉びとの多くが龍田山を歌に詠み、別れと再会の想いを綴ったのです。

02現代にも受け継がれている風の神への信仰。02現代にも受け継がれている風の神への信仰。

龍田古道の発展と渡来人の流入によって、亀の瀬を行き交う人々の心の支えだった自然信仰も独自の変容を見せます。
二つの山脈の切れ目となるこの地は陰陽道における「龍穴」にあたり、都によい気を運び入れる風の通り道とされていました。
危険な心臓部を守護し、国家の安寧を祈願するために都の西の玄関口に龍田大社は創建され、信仰は大陸の陰陽五行と融合し、「風の神」という独自の信仰を確立していきます。
日本の土着信仰において「龍」は本来水の神ですが、龍田の龍は風を司るという点が極めて稀有。龍田大社のしめ縄は柱にぐるぐると龍を模した形で巻き付けられており、他に類を見ない独特な形状が目を引きます。
こうして風の神は、都の貴族のみならず、地域に暮らす人やその地を行き交う多くの人々に信仰されました。
そして、現代。古代に国家的行事として始まった、旅の安全や国家の繁栄を願う「風鎮大祭」は脈々と受け継がれ、日本の風信仰の中心として人々の生活に溶け込んでいるのです。

03竜の瀬に刻まれている、地すべりと闘った歴史、技術、意志。03竜の瀬に刻まれている、地すべりと闘った歴史、技術、意志。

亀の瀬は、現代でも奈良と大阪の経済や治水を支えており、まさに「奈良と大阪を生かす危険で重要な心臓部」。地すべりによって大和川が堰き止められた場合、奈良盆地は浸水して大きな湖となり、やがてその水は鉄砲水となって大阪平野を水没させてしまいます。その際の想定被害額はなんと4.8兆円。地すべりを抑え続けるため、60年近くの歳月と850億円以上もの費用を投じ、今なお最新技術を集結させ対策工事が行われているのです。

「もう、すべらせない!!」という意志のもと、龍田古道は奈良と大阪を結ぶ重要な道すじとして地位を失うことなく、道路や鉄道が敷かれ開発が進められてきました。対策工事により今でこそ地すべりの恐怖を肌で感じることはなくなりましたが、大和川に対して斜めに架けられた鉄道橋からは、地すべりで迂回を強いられた線路の様子が見て取れます。また、地すべりにより埋もれていた鉄道跡「亀の瀬トンネル」は現在一般公開され、当時の建築技術と災害の歴史を今に伝えます。緻密なイギリス積みの煉瓦壁、蒸気機関の黒いすす跡の残る天井、生々しい崩落面など、他所では見ることのできない遺構がタイムカプセルのように往時の姿を示しています。

災害リスクを身近に抱えながら、日々の暮らしがあたりまえに続くことを祈り、
旅の安全を願い、未来の発展を夢見た古代の人々の想い。
それは、今を生きる我々のそれと少しも変わりません。
古代から現代、さらには未来に向かって
亀の瀬にはさまざまな災害対策が積み重ねられていきます。
その軌跡は、自然の力に対する古代の人々の畏敬の念を現代に引き継ぐとともに、
自然の脅威と寄り添い暮らす
日本人ならではの心のありようを象徴する景観を形成してきました。
龍田の風に背中を押され、龍田古道を彩る1400年以上の歴史を辿る旅にでてみませんか。
龍田の紅葉を愛で、今を生きるわたしたちの姿が、
旅する万葉びとの列のうしろに加わっていくはずです。