もう、すべらせない!!龍田古道の心臓部「亀の瀬」を越えてゆけ ロゴマーク

森 宏範

日本遺産認定は住民の方々の
シビックプライドを醸成し、
地域活性に結実するはずです。

三郷町長森 宏範MORI HIRONORI

1959年生まれ。近畿大学理工学部卒業後、関西松下システム株式会社(現パナソニックCCソリューションズ(株))に入社。2010年三郷町長に就任。3期に渡り町長を務め、「三郷町をより素晴らしい町にしていきたい」という思いを胸に抱き「輝きとやすらぎのあるまち」をめざして町政に取り組んでいる。

亀の瀬の何が評価され、
日本遺産に認定されたと感じますか。

三郷町、柏原市、大和川河川事務所。この三者の協力体制を構築し、龍田古道だけでなく亀の瀬を組み合わせたストーリーをみんなで作り上げたことに尽きるのではないでしょうか。全国を見渡すと歴史的遺産は数多くあります。そこで埋もれないようにするために、亀の瀬は重要なエッセンスだったのです。亀の瀬は世界レベルの地すべりを起こしてきた場所であり、それを食い止める技術力が投じられてきました。一方、龍田古道は聖徳太子が整備したと言われる道であり、平城京から難波宮の中間地点で古代から中心地点でした。この地域の価値、魅力は聖徳太子が整備に携わったことと、歴史上のそうそうたる偉人が地すべりの恐怖と隣り合わせにある亀の瀬をわざわざ通ったこと。まさに歴史浪漫を感じられる点でしょう。

亀の瀬の何が評価され、日本遺産に認定されたと感じますか。

亀の瀬にはどのような人に来てほしいか。
また、どんな楽しみ方ができる場所か
教えてください。

国籍年齢問わずいろんな方にご来訪いただきたいですし、亀の瀬に刻まれた歴史や事実を学んでほしいと考えています。例えば古代の人が通る重要な道があったから、地すべりという災害を食い止める必要があったこと。現代でも、世界に誇る技術力で奈良と大阪を守っていること。古代から現代まで、亀の瀬は心臓部であることー。などですかね。現地では、地すべりで埋もれた明治時代の鉄道トンネルや、古代の歌人が万葉集に残した大阪平野と大和平野を見渡せるビュースポットなどの見所を巡ることで、災害と共にあった亀の瀬の軌跡や万葉びとの想いを肌で感じていただけるでしょう。また、亀の瀬の西には百舌鳥・古市古墳群が、東には法隆寺や古都奈良の文化財の世界遺産があります。龍田古道はこれら世界遺産を結び、亀の瀬は絶好のロケーションに位置しています。このつながりも国内外の観光客の皆さまにアプローチし、広域観光を促進していきたいと考えています。

亀の瀬にはどのような人に来てほしいか。また、どんな楽しみ方ができる場所か 教えてください。

今後、観光地として盛り上げていく
ための
展望はありますでしょうか。

観光地として盛り上げるには、1つの核が必要です。それが、整備を予定している「川の駅」です。地すべりによってトンネルが崩壊して鉄道が不通になった際、大和川沿いの下水中継ポンプ場がある場所に亀の瀬東口駅が造られました、その象徴的な場所に「川の駅・亀の瀬東口」を造りたいと考えています。そして、川の駅と亀の瀬歴史資料室を未来型自動運転バスで結び観光の目玉にすると同時に、大和川河川事務所と連携してこの一帯の整備を図ります。また、JR三郷駅から亀の瀬東口までの河川敷を人が集う場所として整備し、河川事務所と協働で大和川にまつわるイベントの開催を予定しています。大和川、亀の瀬、龍田古道の3つをハードとソフトの両面から上手くつなげて可視化することで、ご来訪いただいた皆さまに亀の瀬のストーリーを理解していただきたいと考えています。

今後、観光地として盛り上げていくための 展望はありますでしょうか。

日本遺産認定を機に
地域に期待することを教えてください。

シビックプライド、いわゆる郷土愛や地域への愛着心の醸成です。三郷町や柏原市の住民の方々にシピックプライドを持ってほしい。それが、我々の出発点であり、大きな目的なんですね。今まで「三郷町には何もない」と思っていたところに、日本遺産が生まれる。それに伴って地域への愛着が生まれ、ひいては産業や地域振興につながると思うのです。
観光地として盛り上がることももちろん大切ですが、何より大切なのは住民の方々が「自分が住んでいる町は、いい町だ」と思えることではないでしょうか。

※インタビューは2023年3月時点の内容です。

日本遺産認定を機に 地域に期待することを教えてください

※インタビューは2023年3月時点の内容です。

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